● | クリニック開業30年を迎えて ―心身相関と畏敬、コミュニティー | |
早いもので、クリニックを開業して、はや30年。 その間に恵まれた出会いの連続に、痛打され育まれた毎日であったと、感慨深いものがございます。 大学心療内科開講60周年記念文集に寄稿させていただきました、随筆を掲載させていただきます。
心療内科ご開講60周年、お喜び申し上げます。 私が九州福岡中央区荒戸の地に開業致しましたのは、1995年5月でした。開業が決まった時に、K先生にご挨拶に上がった時のことも懐かしく、昨日のように思い出されます。 開業当初は、呼吸器内科中心の一般内科診療に加えて、心療内科的疾患、軽度の精神科疾患を対象にした、予約対話診療を行いました。昼休みに2コマ、一般内科診療終了後も、そして、午前診療の日は午後一杯、予約を入れておりました。今にして思いますに、非常に無茶な診療体制であったと思いますが、やはり、(今より)若かったからできたのだと、そう思います。 開業して、10年後の2005年アクロス福岡の一室をお借りして、うめした内科10周年記念シンポジウムを開催させていただきました。シンポジストとして、東京、鹿児島から、トータルライフ医療(TL医療)の面々が駆けつけてくださいました。TL医療の面々との出会いがなければ、開業医としてだけでなく、医師としての私は存在しなかった、そのような恩人の面々でもあります。 私は1969年受験勉強中に、当時のベトナム戦争の戦火の中、医療奉仕する日本人医師のTV報道を見て、医師の道への志を立てました。大学入学は、70年安保の1970年でした。社会的にも騒然とした時代でした。その中で、道元禅師正法眼蔵に「有時」という巻があり、実存哲学のハイデッガーの著作に「存在と時間」、そして数学者ワイルの相対性理論の著作名が「空間・時間・物質」ということを知り、東洋と西洋、宗教と科学、仏教とキリスト教、マルクス経済学と近代以降の主流派経済学、その奥に共通の真理があるのではと、疑問探求が始まりました。 反面、様々な人間関係の中で、医療者になる志は完全に萎えました。そのままでは、今の医師としての私は存在しなかったのですが、その後、TL人間学を提唱される高橋佳子氏に出会い様々な疑問に解答(※)をいただき、そして、TL医療の面々との出会いで、医療者の道への志を想起し、そして、2022年、今の自分があります。 2005年、10周年記念シンポジウムの後、一般内科の受診患者さんが増え、2010年カウンセリング枠は縮小し、一般内科診療のみのクリニックとなり、予測予防医療、在宅診療、地域包括ケアシステムとの連携、そして、2020年からは新型コロナ感染症発熱外来に、精を出しています。長年診療所の診療で、その基本には、やはり、心身相関を大切にする、心療内科的な素養は必要であると痛感します。 ただ現場の実感としては、この世界の中の人間模様、そしてそれへの畏敬、それらはやはり脳の化学反応には還元出来ないのではないかということです。脳の化学反応の中に埋め込まれた、相関関係としてはありえると思うのですが、しかし、内界そのものは唯物世界の他方の一極として、そして唯物世界を包含し厳然として実在する、それが実感です。 超スピードで進む超高齢化社会の只中にあって、世界情勢は風雲急を告げています。私の大学入学時も、当時のベトナム戦争で、社会全体が騒然としていました。現在は、ウクライナの問題と、歴史の巡り合わせを感じざるを得ません。世界は自由主義と専制主義の綱引きが始まっています。多種多様な意見が存在して、まとまりが悪いという自由主義の弱点を克服した、よりベターな民主主義、そのモデルは、地域包括ケアシステムの連携、コミュニティにあるのではと考えています。 そして私もあと、最低10年は診療に携わりたい、そして、元気な高齢者が介護の必要な高齢者を守り、そして若者を見守る、そのような地域社会となりますよう願っています。 (※ 高橋佳子著「もう一人の自分」2024年刊参)
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