● 元気で長生き2  

 昨年2010年、N短大のOB会で、「病は呼びかけー元気で長生きー」という演題でお話しさせていただきました。以下、その時のお話です。

 右の写真は、TL医療研究会の大先輩であり、また、私の義父でもある渡辺氏晩年の写真です。氏は、このとき末期の癌を宣告され、余命幾ばくもない事を知っての、抗がん剤治療中でした。

 写真のように、最後の最後息を引き取るまで、明るく、前向きで、生き生きと、与えられた一瞬一瞬を、嬉々と味わうように生きて往きました。
 亡くなる一週間前に、自分の葬儀の準備もし、そのとき参列の皆様への謝辞も綴っての最後でした。本当にあっぱれで、清々しい最後でした。(この、GLAの葬儀の場でご参列の皆様に、分かち合っていただいた謝辞は、以下の記事の後半に掲載してあります)
 「元気で長生き」とは、最終的には時間の長短ではなく、まさに、生き様、死に様の問題、魂の問題であるのだと、感じざるを得ませんでした。2011.06.22.

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 こんにちは。
 ただいま,ご紹介にあずかりました、うめした内科の梅下滋人です。
 本日は、由緒あるN学園の、このような栄えある場にお招きいただき、本当にありがとうございます。
 よろしくお願いいたします。

 <開業して当初、戸惑ったこと>

 私は開業して当初、診療で、戸惑ったことが在りました。
 そのお話から、始めさせていただきます。

 それは、検査の結果を説明する時、検査の結果が良くて、健康管理が十分に行き届いておられる方々に、私が、よかれと、喜ばれると期待して、「長生きされますよ!」とお声かけしても、余り喜ばれないということでした。

 当初は半信半疑でしたが、何回も、そう言うことを繰り返すうちに、「本当に、喜ばれないんだ。」という事がわかるようになって参りました。

 患者さんとも、おつきあいが長くなりますから、皆さん本音を語って下さいます。
 喜ばれないだけでなく、はっきりと、「長生きしなくて良いです。」とおっしゃる方もおられました。そして、ある方などは、「先生、ころっと死ねる薬はないですか?」とおっしゃいます。

 でも、その方々は、何か深刻な問題をお抱えで、自殺したいとおっしゃっている訳ではない。ある意味、ご家族とご一緒で、恵まれた境遇であるわけです。

 それが、証拠に、毎月定期的にキチンと受診して、お薬もらわれて、医者の言いつけも守っておられる訳で、矛盾している訳です。
 あるお方は、「家族に、ころっと死にたいと言ったら、家族から、『ならなんで薬飲むとね?』と、言われました。」と笑顔で教えて下さいました。

 今にして思うのですが、その方々は、要は、「寝たキリになったり、ご家族に迷惑をかけたくない。」とおっしゃっている、つまり、『元気で長生きしたい。』という、そういう意味だったんだな。」と受け止めています。

 そう言うことが日常の診療でありまして、常々、「元気で長生き」ということを、「病は呼びかけ」と言う観点から考える事の大切さを考えていました。
 今回のこの講演も、今日此処においでの方々が、本当の意味で「元気で長生き」できますよう、願って、お引き受けさせていただきました。

 <「病は呼びかけ」>

 演題の、
 「病は呼びかけ」
 という言葉は、皆様には耳慣れない言葉と思います。

 私は、トータルライフ医療研究会という研究会に所属していますが、「病はよびかけ」ということは、トータルライフ医療の基本にある、TL人間学の核心の一つです。

 私は、学生時代に、疑問を持っていました、
 ちょっと、理屈っぽくなりますが、お許しください。

 同級生が、こう言いました。
 「もし、脳が心なら、自分は何処にあるんだろう?」
と言いました。
 「脳は、脳細胞からできている。脳細胞は新陳代謝しているから、ある時間が経過すると、原子分子レベルでは、別物になっている。」
 「形は同じように見えても、原子分子レベルでは全く別もの。」
 「じゃあ、自分は何処にあるんだろう?」
 「脳が心なら、自分と言う存在も、人生も、映画のスクリーンに映る画像のように実体の無いものになる。」
という、そういう意味でした。

 心療内科精神科に限らず、現代では、脳が心と言う事になっています。
 そうしないと、物質以外の存在を認めることになるからだと思います。

 「でも、何処か違う。」そう思っていた学生時代の疑問が、「心は瞬間瞬間の、現実の受診であり、発信であり、その瞬間瞬間の感じ,受け止め、考え、行為の意思の連続が人生で、その道のりは永遠に続く生命体、魂であり、人生には、その人にしか果たせない,オンリーワンの約束と使命がある。」、「魂の脱皮新生という意味から見れば、人生の様々の試練、人間関係のこじれ、思うにままならない逆境、高い目標、そして、病、それらにはかけがえの無い意味がある。」という、高橋佳子氏のトータルライフ人間学に触れて、氷解しました。

 <「うめした内科10周年記念シンポジウム」>

 クリニックは、1995年の開業ですから、今年で15年目になります。
 本当に、早いものです。
 5年前の2005年、クリニックの10周年を記念して、「うめした内科10周年記念シンポジウム」というのを開催させていただきました。
 場所は天神の、アクロスビルの国際会議場でした。
 当日は患者さんを中心に300名近くの方々にお集まりいただきました。

 その時のシンポジウムのテーマも、「病は呼びかけ」でした。

 「病気という試練の中で、病気の治療に全力を尽くすのは、当然として、でもそれだけではなくて、病気だけを変えようとせずに、病気の側からが私たちに呼びかけていることに耳を傾け、私たちの側も変わりましょう。そして、病気をきっかけに、新しい自分、新しい気持ち、新しい人間関係、新しい未来を見つけ、作ってゆきましょう。そして、それが結果として、病気も本当に治る最善の道でもあります。」という、心情です。
 私も,そのような心情で、日々診療にいそしんでいます。

 その5年前のシンポジウムには、トータルライフ研究会から、友人でもある3名の医師の方々がお忙しい中駆けつけてくださいました。

 そして、トータルライフ医療実践の神髄をお話ししていただきました。
 お一人は東京の本郷内科の在宅診療部長の、N先生、
 もうお人一方は、東京の重度心身障害施設長の、K先生でした。
 N先生は、在宅医療の分野から、K先生は発達障害の分野から、貴重でそして、感動的な医療実践の成果をお話しして頂きました。

 お三人めは、鹿児島の総合病院の内視鏡の専門医の、K先生でした。
 K先生は、内視鏡の専門の分野で数々の成果をおあげになっておられる先生なのですが、当日は先生ご自身の「病は呼びかけ体験」とも言うべき、闘病体験をお話しいただきました。
 先生は現在もエネルギッシュにご活躍なのですが、今から約10年前、まさに青天の霹靂、ご自分が末期のがんに冒されるというご自身の体験をお話しいただきました。
 末期のがんで生命も絶望的だった訳ですが、まさに「病は呼びかけ」と受け止めつつ、病の側だけ変えよう、治そうとだけするのでなく、「病は呼びかけ」と、ご自分を振り返り、新しい自分新しい気持ち生きようとされ、結果として、命を取り留められただけでなく、主治医の先生も驚かれるような回復を果たされて、現在で、第一線でご活躍中の先生です。

 <「病は呼びかけ」と改めて実感した、ご夫人のお話し>

 最近の診療で、「病は呼びかけ」と改めて実感した、ご夫人のお話しです。

 このお方は、高血圧で定期的にご受診されている方です。
 診療もとてもまじめで、血圧もご家庭できちんとお計りになられます。
 ですから、優秀な患者さんだった訳です。
 それが、3月中旬、突然、「ふらふらします。」とおいでになりました。
 そして血圧をお測りすると、上の血圧が200前後にあがっていました。

 何回か頻繁に通院していただき、内科的に対応しながら、その前後のお話を詳しくお聞かせいただきました。
 すると、とてもご無理されていたことが分かりました。
 そして、「キチンとするところがおありなんですね〜。」という、やりとりが診療でありました。
 すると、「そうなんです。私は、何でもキチンとチャンとしないと気が済まないんです。そうやって、これまで生きてきました。」と、しんみりとお話しになりました。

 そして、一ヶ月後の診療においでになられました。
 こうおっしゃいました。
 「先生、先生、聞いてください。」と切り出されました。
 「先月の診療の後、実は私、主人に三つ指ついて謝ったんです。」とおっしゃるんです。
 そして、続けられました。

 「キチンとしなきゃ行けないと、生きてきたなあとお話ししましたよね。」
 「キチンとしよう、ちゃんとしなければいけないとしてきて、主人にずいぶんとつらい気持ちにさせていたことが分かったんです。」とおっしゃいました。
 突然、三つ指ついて謝った時、ご主人は、元々表に出す人じゃなかったので、黙ってお聞きになっておられたそうですが、でも、目は涙ぐんでおられたそうです。
 そして、それ以来、息子さんやお嫁さんが、「おとうさんの声、弾んでる!」とおっしゃるようになったそうです。

 玄関で履物を脱いであがるとき、ご主人は履物をそのままにしてあがる方なのだそうです。
 その度に、「それじゃ、出るときはきつらいでしょ!」といって、いつも履物を反対向きに変えておられたそうです。
 本当にチャンと、きちんとしないと気の済まない、お方だったんだなあと思いました。
 でも、その一件以来、あれほど履物の向きを変えなかったご主人が、自分から履物の向きを変えて、あがられるようになられたそうです。

 心温まるお話です。
 そして、呼びかけに応える生き方とは、実に潔い生き方でもあるのだ、とお話聞かせていただきながら、そう思いました。

 <高齢化社会の到来>

 お手元の資料をご覧下さい。




 上の3つの図表のうちの、最初の近代以前と近代の、二つの図表は、子どもの持っていた、倫理の用語集から引っ張ってきました。

 近代以前は、子どもの時期から、大人の時期にすぐに移行していました。
 ところが、近代に入り産業構造が高度化し、成人の仲間入りをするための社会学習の期間が長くなったり、或は栄養条件の恒常による早熟傾向によって、青年期が長くなり、青年の社会的自立の時期が大幅に遅れるようになっています。
 そして、三つ目の現代の図表は私が作成したものです。
 つまり、現代寿命が大幅に延びた、先進国諸国では、これまで老後として、ある意味、付け足しのように考えていた時期が大幅に伸び、「老後」という名称自体が不適切になるような、第2の人生と呼べる程になり、人間のライフサイクルが大きく変化してきています。

 <生活習慣病>

 皆さん、生活習慣病と言うお言葉はご存知でしょうか?どこかでお聞きになった事はおありになるでしょうか?
 ご存知の方、お聞きになった事のおありの方、お手を挙げていただけますか?

 ・・全員挙手・・

 どういう病気を生活習慣病と言うのか?、ご存知でしょうか。
 高血圧はご存知ですよね。
 メタボリック症候群、脂質異常症、そして糖尿病とかも同様ですね。
 これらの病気が進むと、脳出血、脳梗塞のような脳血管の病気や、或は狭心症や心筋梗塞のような心臓の病気になりやすくなります。

 これらの病気はすべて、生活習慣と関係しているので、「生活習慣を改善して病気の予防に努めましょう。」という意味合いを込めて、「生活習慣病」と呼ばれています。このネーミング自体は日本独自のもののようです。

 ご存知と思いますが。健康日本21という、国家規模のプロジェクトが展開されています。その中に、最近始まりました、特定検診と言う制度も含まれます。

 ところが、皆さんご存知のように、日本の平均寿命は、昨年のデータで女性は88歳で、世界1位。男性も78歳で世界4位です。世界でまれに見る長寿国家です。

 現代日本はこれまでの人類が経験した事の無い、長寿を手に入れたのですが、しかし、「長生きしますよ。」と申し上げても、皆様、お喜びにならない。
 そして、「良いです。長生きしなくて良いです。」と仰る訳です。

 ですから、今更、生活習慣病対策といっても、「もう高齢化は達成できた。もう、皆さんこれ以上、長生きしなくて良いと仰る時代に入った。それなのに、どうして、更に生活習慣病対策なのか?」という疑問が出てきます。

 <生活習慣病対策>

 生活習慣を改めずに、心臓の病気,脳血管の病気になったとしても、高度の優秀な保健医療制度の発達している日本では、ピンピンコロリという分けには行きません。
 つまり、助かります。
 長生きできる確率は高い訳です。

 でも、長生きは長生きでも、「元気で」長生きにはならないかもしれません。

 ですから、「生活習慣病対策」というのは、単純に「もっともっと、長生きしましょう。」という意味ではなくて、「生活習慣を予防改善して病気の進展を抑え、『元気で』長生きできるようになりましょう。」という、そういう意味あいです。

 それでは、とっておきのお話です。
 そのような、生活習慣病対策の共通項として、今直ぐできて、最も効果的で、しかし、意外と知られていない、コツがあります。
 それは何でしょうか?
 それは、「かかりつけ医」を持つ事です。
 つまり、普段から定期的に受診しておく事です。

 医学に於ける情報では、時間経過に沿った情報は、とても有益な情報源となります。
 かかりつけの強みの一つは、定期的にかかるということで得られる、時間経過に沿った情報が、大きな情報源になる、という点です。

 軽い風邪でも、何かあったら気軽に受診できる病院なり、クリニックがあるという方、どれくらいおられますか?

 もう一つは、危険因子リスクファクターの個人差の問題です。
 生活習慣病の治療の指針であるガイドラインは、完成度の高いものができて、そして、年々改善されています。

 しかし、それを全員が100%実行する事は難しいものです。ガイドラインを厳格に適応する場合、ある程度緩めても差し支えない場合と、現実には色々な場合があります。
 その場合、その個々人の方が持っておられるリスクファクターがどの程度のものかと言う事が、大きな目安になります。

 個々人のリスクファクターに応じて、個々人に適切にガイドラインを適応できる、それが、かかりつけの強みの二つ目です。

 そして時々、診療で患者さんから、「どうしたら、かかりつけ医をつくれるのですか?」というご質問をお受けするのですが、「今の日本の制度では、それは自由です。患者さんが医療機関を、お選びくださって結構です。」と、お応えしています。

 選ぶ時のポイントとしましては、やはり、「気軽に、相談できる関係ができるか?」と言うのが、大切になると思います。

 <死に直面しての生きざま>

 突然ですが、人間はいつか死ぬものであります。
 これは、峻厳な定めと言えます。

 病気を治そうとしても、元気で長生きしても、最後は不治の病を抱える事になります。

 病気を治すと言う側面だけで考えれば、最初から敗北が分かっている勝負に挑むようなものです。
 この壁を超えて、そして壁そのものが溶けてなくなるような生き方は、やはり、「呼びかけに応える」という生き方しか無いのではないと思います。

 病気の側だけを変えようとするのではなく、病気の側からのメッセージに耳を傾け、自分の方を変えようとする、新しい自分、新しき気持ち、新しい人間関係、未来からの新しい息吹を感じて生きる。

 人生と言うドラマを、どのように描くのか?ということは、まさに人生の仕事と呼ぶに相応しいものではないのかと、強く感じるこのごろです。

 死に直面しての生きざま、と言う事について、
 人生の最後の最後まで、最後の一瞬まで「元気」に生きれるということに、感動した、義父の末期のがん最後の生き様に付いて、お話しさせて頂きたいと思います。

 <末期がん>

 義父は、地方都市で長年皮膚科をクリニックを開業し、地域の篤い信頼を得ていました。
 私同様、義父もまた、高橋佳子氏に出会い、TL人間学を学び、人生の大転換を経験しておりました。「高橋先生大好き」人間でもありました。
 そして、東京TLクリニックのM先生達と共に、高橋佳子氏のTL人間学を基にした、TL医療、TL医療研究会の創設に尽力した一人です。

 まだ義父が元気な頃、私も一緒に良く東京の学会に行ったのですが、空港とかでもスタスタと先を歩いて行きました。まさに、健脚でした。

 その義父に、2002年末期のがんが見つかりました。
 本当に元気そのものでしたから、まさに青天の霹靂、本人も周囲も、ショックでした。

 しかし義父はがんが見つかってから、覚悟を決めたようでした。
 そして、気落ちするどころか、ますます元気になりました。
 ますます、輝きを放つような、そんな感じでした。

 国立病院で手術はしたのですが、癌は周囲の組織に転移が広がり、取り残しの状態で手術を終えざるを得ませんでした。
 神経組織近くに取り残しの転移性の癌病巣があったので、激痛が来るだろうというお話でした。

 手術直後、主治医の先生にも強くお願いして、東京のTL人間学のセミナーにも出席しました。
 主治医の先生は、義父のその精神力に、とてもびっくりしておられました。

 それから、様々の具体的問題を、粛々と整理し解決し、人生の最後の準備を進めました。潔くクリニックも畳みました。

 そして、とても幸いな事に、危惧された激痛は来る事無く、平穏に過ごす毎日が続きました。
 そして、「入院する事になったら、病室で高橋佳子氏のTL人間学を、お見舞いにおいでになる皆様にお伝えしたい。」と言っていました。

 そして、2002年年末、突然話ができなくなり、入院となりました。入院は地元の国立病院でした。そして、検査で、言語中枢に転移が見つかりました。

 <魂のハネムーン>

 その間、高橋佳子氏からもビデオメッセージをお送りいただき、お励ましいただきました。病床に伏せるようになっても、ベッドの中にあって、そのビデオメッセージを、最後まで繰り返し、繰り返し見ておりました。
 また、激務で多忙な中、Mドクターにもたびたびおいでいただき、病床で、同伴するようにアドバイスいただきました。

 そして、入院直後一時期危篤の状態を迎えました。検査データを見て、周囲も一瞬あきらめたのですが、奇跡的に一命を取り留めました。そして、入院での療養が始まりました。
 その後の姿は、本当に新しく生まれ変わったような、新しい義父の姿でした。

 そして、義父の願いに応えるように、脳に多発していた転移性能腫瘍のうちの、言語中枢の部分が消失し瘢痕化してしまいました。そして、お話ができるようになりました。
 「入院する事になったら、病室で高橋佳子氏のTL人間学を、お見舞いにおいでになる皆様にお伝えしたい。」という、義父の意思がまるで、叶ったようでした。

 転移は肺にもあり、入院中も、病巣はどんどん広がり、肺は癌の転移で真っ白でした。そして、呼吸困難のために酸素も最高の流量でした。

 しかし、本当は話すのも負担な状況のはずでしたが、嬉々として、次から次から訪れるお見舞いの方々のお話に耳を傾け、そして話しかけていました。
 義父はもともととは、シャイな方でした。でも、お見舞いに毎日、何十人と言う方がおいでになるのですが、お見舞いにきた方が、逆に励まされると言う不思議な病室でした。

 また、病前、義父夫婦はすれ違いが積み重なり、夫婦関係がうまくいっておりませんでした。
 義父の両親も、そのようなところがあり、代々の血の流れのようなものもありました。
 でも、末期のがんが見つかり、余命も幾ばくも無いと分かってから、全く変わってしまいました。
 後日、義母はこの最後の闘病期間を、「魂のハネムーンだった。」と述懐しております。

 <しおり>

 しかし、病状は徐々に進行してゆきました。
 医師であった義父本人もその事は、十分理解しておりました。

 そして、自分がなくなった後の、お葬式の段取りも病床で行いました。

 なくなる一週間前には、死を直感したのか、自分の葬式でご参列の皆様にお配りするしおりの文章まで、認めました。

 義母の許可を得ましたので、ここにそのしおりを読まさせていただきます。

<しおり>
 「今こうして76年の人生を振り返りますとき、何よりも多くの皆様の深いご恩に心よりの感謝を申し上げます。
 『私はやれるだけの事をしてきた。こんなに頑張ったのに・・。』と人生に絶望し、両親とそっくりの人生をたどりました。両親はそこで終わり、私はそこから、高橋佳子先生とのであいによって、新しい道を歩み始める事ができました。50歳の時でした。
 ・・中略・・
 そうして人生に絶望していた50歳の時、家内とともに高橋先生と出会わせていただいた次第です。1977年2月でした。以来26年、ひたすら高橋先生に学ばせていただいた私は、『人生の本当の喜びとは何か』,『本当の医療とはどういうものか』を教えていただいたばかりか、同じ志を持つ多くの仲間達を得る事ができました。かつての自分からは想像もできない新しい世界を開く道、これを是非一人でも多くの人にお伝えしたいと願わずに折れません。
 2002年7月大腸がんが閉塞寸前に見つかり、手術、退院。11月29日緊急入院。血小板が最低値と言う事を体験して、三日目奇跡の生還をして、そこからさらに全く別人のような新しい私になった感じでした。
 人と関わる事が苦手だった私が、人に合う事、はなせる事が嬉しい、ご飯がおいしい、水がおいしい、一日一日が輝くように嬉しいのです。
 からだは全身ぼろぼろなのに、痛みも余り無く、2002年の大晦日には、家内とベートーベンの第9を聞きながら、手を取り合って「すばらしい人生だったね、この次もまた、必ずいっしょになろうね。」と歓喜の涙を流しました。
 皆様、お名残は尽きませんが、最後に皆様のご多幸を心よりお祈りしつつ、万感の想いでお別れ申し上げます。
 ありがとうございました。
(以上が、自らの旅立ちを予期してご本人が予め記され、GLAの葬儀の場でご参列の皆様に、分かち合っていただいたものです。)
<しおり>

 そして、そのしおりを認めて一週間後、直前まで、嬉々としながら、まるで眠るように息を引き取りました。

 そして、息を引き取ると同時に高橋先生から義母の携帯にお電話があり、ねぎらいとお励ましを戴きました。

 <「高橋佳子講演会」>

 病や試練の呼びかけに耳を澄まし、輝くように生きた方々に、何人も出会いました。
 このような、現場での様々の人生と人生の出会いをとおして、「医師冥利に尽きる。本当に医者になってよかった、私はこれがしたかった。」という気持ちになります。
 でも、私は学生時代、何度も医者の道を捨てようとしました。何回か進路を変更しようとしたのですが、その度に予想外の事件が起きて、結局やめられずにいました。
 「進路一つままならない。自分はなんと不幸な人間なんだ。運命が悪い。」と、失意のどん底にいたときに、高橋氏のTL人間学に触れて今の私が在ります。
 高橋氏との出会いで、私の人生は180度、変わってしまいました。
 その間の経緯が、お手元のパンフレットにかいつまんで書いてあります。お帰りに在ってから、ぜひご参考になさってみてください。

 また、アンケートも入っています。
 本日のご感想お聞かせたら幸いです。
 また、「21世紀の患者学」、「生まれてきてくれてありがとう」、高橋氏の「calling試練は呼びかける」とのご著書もぜひご一読ください。新しい人生が開かれると思います。ご興味の方は来る、7月福岡市内の国際会議場で高橋氏の講演会が在ります。是非ご参加ください。
 
 本日は、長いお時間ご静聴いただき本当に、ありがとうございました。

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